まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

第34回九州八十八ヶ所百八霊場めぐり~第86番「海心寺」(光の道から海の中道へ)

宮地嶽神社の参拝を終え、これから九州八十八ヶ所百八霊場の第86番・海心寺に向かう。改めて石段の上から続く参道「光の道」を眺める。この日は薄曇りだったが、何とかこの先の海岸線まで見通せる。

入口の鳥居がある交差点から300メートルほど光の道を歩くと、道沿いに海心寺の札が掲げられるお堂がある。後で知ったところではここは毘沙門堂で、本堂はこの横手にあったのだが・・。

海心寺が開かれたのは大正時代。海範和尚が高野山から弘法大師像を勧請したのが始まりで、二世の勉和尚が信貴山から毘沙門天を迎えて現在地に毘沙門堂を建て、寺じたいも移った。当初本堂があったところは現在奥の院とされており、この参詣の時に「もう一つお堂があるな」とちらりと見てそのまま素通りした建物が弘法大師を祀るあくまで本堂だという。

まあ、それでも九州八十八ヶ所百八霊場の本尊としては毘沙門天だし、寺側もここに札を掲げているので、毘沙門堂のお参りで間違いはない。寅の張り子も奉納されている外陣にてお勤めとする。「九州筑前七福神霊場」の札も掲げられている。

関西の神仏霊場巡拝の道めぐりで、毘沙門天の勧請元となった信貴山の朝護孫子寺も訪ねたが、寺をあげて阪神タイガースを応援するところである。今季タイガースがリーグ最速で優勝したことで、この寺でも盛り上がったのかな・・・(ちなみに、訪ねた9月27日の夜には、福岡のホークスがリーグ優勝を決めた。鷹VS寅?・・・いやいや、猛牛VS憎き狂虎との下克上日本シリーズもないわけではないぞ・・)。

朱印は毘沙門堂右手の庫裏でとあるので行ってみると、玄関に貼り紙。猫が2匹いて、そのうちの1匹がわんぱく坊主で扉が開くとすばやく外に飛び出すので、ベルを押した後はそのまま待つようにとある。寅とは違うが同じネコ科、元気がいいのは毘沙門堂らしいな・・と思いつつベルを押すと、寺の方が扉を慎重に少しだけ開けた。どんな猫なんだろう・・。

宮地嶽神社の入口の鳥居前に戻り、バスで福間駅に到着。この先のスケジュールに余裕があるので、まずは早めの昼食とする。駅直結の「漁師めし 来進」というのを見つけ、開店直後に一番乗り。ランチタイムから地元福津で獲れた魚を中心としたメニューがいろいろあり、しばし悩む。

注文したのは「食べ比べ定食」。2種類の丼を組み合わせるのだが、その組み合わせをどうしようかというのも悩みどころだったが、店一押しの鯛茶漬け、もう一品はしらす丼とした。この日の札所めぐりを終えたこともあり、ここから飲み鉄モードで生ビールも注文。

福津の美味が詰まったお膳が運ばれる。しらす丼には生卵がトッピングされ、醤油を垂らしながらいただく。

そして鯛茶漬け。まずは鯛の漬け丼として味わい、後半にだし汁をかけて茶漬けとする二つの楽しみである。これも漁師めしの一つだが、福津市では地元料理としてPRしており、ふるさと納税の返礼品でも人気という。ともかく、こうした昼食を楽しめてよかった・・。

さてこの後は博多に出て、さらに宿泊地の宮崎に移動するのだが、予約の九州新幹線までには時間がある。そもそも昼間の時間に余裕を持たせたのは、九州新幹線に乗る前に博多で昼の一献・・を想定していたもの。ただ思わぬ形で福間での鯛茶漬け昼食となり、さらに時間に余裕ができた。

福間から列車に乗る中、博多に着く前に香椎で下車した。あれこれ検索する中で思い立ったのが、香椎線の香椎~西戸崎の乗車。香椎線のホームに向かったが、ここにもインバウンドの連中が我が物顔に跋扈している。この先、海の中道、あるいは西戸崎から志賀島を目指すのか。

このところのインバウンドの連中が日本国内で好き勝手に国土を蹂躙跋扈する光景は、私の頭の中では令和の「元寇襲来」以外の何物でもない。それにも関わらず、こうしたインバウンドの連中を歓迎することでしか外貨を稼げなくなった日本って・・・もうすでに主権を乗っ取られたようなものだ。麻生が「カタ」と「やわ」があるという以前の問題で・・・。

事実上次の総理大臣につながる自由民主党の総裁選挙も行われるが、当時の元寇以上に大陸の連中に事実上国土を侵食された日本をどうしようという声が全く伝わらない。候補者の顔触れも媚中派ばかりだし、いったい何を考えているのか、何をしたいのかよくわからん・・。

列車は海の中道を過ぎて、終点の西戸崎に到着。時刻表を事前にチェックしていれば、駅近くの渡船にて博多港まで湾を横断することができたようだが・・。